今の私を知る人は、
「いつもニコニコしてて、大変なことなんてなさそ~」
「能天気で何も考えてなさそ~」
「苦労なんて知らなそう」
「バカだから毎日楽しいんだろうなぁ~」
みたいなイメージを持つ人も多々いらっしゃる(笑)うんこだなんだって毎日騒いでるし、実際バカなのは間違ってないけどね( ´∀` )
そんな私も、『実は』皆様と同じ。なんの挫折もなく何十年も生きてきたわけではなく、人並みには苦労しています(笑)。 人のために2回ほど雲の上(あっちの世界)を見てきていますし、3回目は自分自身で梯子をかけて旅立ちかけました。それでもたくさんの方々に支えていただき、今は無事に下界で「うんこ祭り」をしています(笑)。
ちなみに、いまこれを書いているまさにこの瞬間。玄関では知らない猫が、うちの居候猫に真っ昼間から猛アピールしていてめちゃくちゃうるさいです。私も「ぅぅぅぅううううあぁ”ぁあ”ぁぁあぁあ”~あ”ああぁぁぁ”~」って叫んで追いかけたら、二度と来ないでくれるでしょうか(笑)
私は普段、ヤギだハーブだマレーシアだうんこだと言いたい放題やってるわけですが、実は35歳くらいまでは西洋医学のみを信じる堅物で、20年ほど精神薬を飲んできました。 飲んだことがない方には想像しにくいかもしれませんが、当時の私は、感情をどこかに置いてきてしまった空虚なロボットのようでした。断薬をしたときには完全に「逆名探偵コナン(見た目は大人、中身は子供)」状態。そして、食べ物のおいしさに20年ぶりに気づいた「リアル浦島太郎」。
お嬢だったゆえに、子供のころから健康診断や日々のメンテナンス、予防医学など、病院に行く機会は多い環境でした。中学生の頃に倒れてからは、「頭がおかしい」と言われ精神科にも出入りするように。 結局、睡眠時間の確保とメンタルコントロールのために薬が出されるようになり、1錠が2錠に、1日1回が2回にと増え、毎月病院に通う常連さんと化していきました。
「合う薬が見つかれば、いつか治る(普通になれる)」。そう思っていました。
実際にはどんどん薬が増え、耐性がついて効かなくなり、それでも「人としておかしい」と言われ続け、薬を変えてはさらに現実から切り離された感覚で生きていました。むしろ、当時の家庭環境から逃げたくて、現実逃避を望んでいたのかもしれないなぁ。今思えば、きっかけはただの中二病だし(笑)もし今の私が親として、当時の私を見るのであれば、全力で阻止するであろうこと。それは「子供への精神科の推奨 & 睡眠薬を含む精神薬の処方☠」 結局、35歳を過ぎて「不治の病」と診断され、「ならば、あの20年間の薬の意味は何だったんだ!」と、治るどころか心身ともにただ悪化し続けていた事実に愕然としました。
あまりの絶望に頭のネジが吹っ飛んで、勝手に断薬を始めましたが、それと同時に凄まじい離脱症状が体に起き始めました。
- 止まらない震え
- 無意識の多動
- 異常な喪失感と、謎のハイテンション
- 時間感覚のバグ(速くなったり遅くなったり)
- 脳が超興奮状態で一睡もできない
- かと思えば、泥のように過眠が続く (※ただし、体重はめちゃくちゃ減った)
簡単に言うと、完全に薬物中毒の禁断症状でした。 そこからデトックスを心がけ、1年かけてやっとその「異常者フェーズ」を乗り越えました。自力での睡眠や日常生活を取り戻し、麻痺していた感情が戻ってきたときには、心の底から感動を覚えました。
ただし、神経が過緊張で過敏になることは多く、それを抑えるために、今度は仕事に狂ったように没頭していきました。神経過敏の影響で人間関係がうまく築けず、仕事の段取りや配分もコントロールできない。ストレス値が限界点に達し、なんと3ヶ月で30kg近く体重が落ちたあと、プツンと糸が切れたように倒れました。
そこからは起き上がることすら難しくなり、歩くことも、トイレに行くのすら這いつくばっていくような、地獄の全身痛が悪化していきました。
ここから、白い巨塔(病院)との謎のループが始まります。
【謎ムーブ①】 救急車でA病院へ行くも「異常なし」。ほかの病院にかかれと言われ帰される( ´∀` )
【謎ムーブ②】 翌日に再度倒れ、意識朦朧。家族が救急要請するも、救急車内で意識が戻ったため搬送を断る。翌朝、家族に運んでもらい街の大きめの病院を受診するが、「保険証もすべて返すので今すぐA病院へ行ってください!」と待合室で受診拒否。這う失意で前日断られたA病院に行くと、やっぱり「異常なし」。そして「他の病院に行け」と言われる。
【謎ムーブ③】 家で安静にするも、別日に激しい腹痛で産婦人科へ。すると「今すぐ救急車でA病院へ送ります!」と病院から病院へ救急搬送。A病院で追加検査をすると「お腹の中に腫瘍と出血を認める」となるが、対応は「経過観察」。通院を重ね、全身痛や歩行困難を訴えるも「異常なし、精神的な問題」。精神科を再受診するも「異常なし」。そのうち座ることもできなくなり、トイレに這うことすら不可能に。それでも「異常なし」「経過観察」……。そして最終的に「A病院ではもう何もできません」と、腫瘍と出血を放置したまま追い出され、別のB病院を紹介される。
【謎ムーブ④】 紹介されたB病院でまた異常が見つかると、再びA病院へ回され、そして「異常なし、帰れ」と言われる。
寝ていても痛い、座っていても痛い、お風呂に入っていても痛い。 睡眠をとりたくても、激痛で目が覚めてしまう。そしてどこにかかっても「手に負えない!」とA病院にたらい回しにされ、「異常なし」ムーブを繰り返される。そんな地獄のような状態が、半年以上続きました。
結果として、最終的に他の病院で「難病」の診断を受けましたが、もうそのシステムを受け入れる気はサラサラありませんでした。
なぜなら、 【薬で『良くなる』/経過観察で『変化を見る』という医療システムの中で、彼らが『治らない』と言っている】 に過ぎないんだと、強く確信したからです。
西洋医学がすべて悪いとは言いません。しかし、西洋医学の医師は「教科書に載っていないこと」や「自分の知らない病態」の原因追及や治療を、ただ諦めているだけだと感じました。 あとから調べて納得したのですが、西洋医学はもともと、戦場での救急治療(怪我など)に特化して生まれた学問。だからこそ、慢性病(身体の内側の病気)の根本治療は専門外なんです。だからこそ、お医者さんたちは私の主訴をただ否定し、「原因など知らん!出す薬もない!これ以上検査も治療もできない!何がしたいんだ!」と言い放ったのだな、と今なら理解できます。
正直、当時の私が病院に求めていたのは、そんな高尚な原因究明ではなく、表面的な対処法でした。痛みさえ消えるなら何でもよかった。 でも、その痛み止めすら出してくれない意味が本当に分かりませんでした。
「痛いのは勘違い!検査結果に出ないんだから痛くないはずだよ。だから痛み止めもいりません。でも来週また来てください」
……って、本当に意味がわからない(笑)そして痛みはどんどん悪化していく。 薬を出せないならそれでいい、じゃあ原因を探してくれ!と訴えた結果、腫瘍や出血が見つかっているにもかかわらず、病院を追い出されたのです。
彼らを信じた結果が、これ。ならば、もう頼るのをやめよう。
治療に限界を設け、自分の正しさを過信しているプライドの塊のような人間に、「わかってほしい」と懇願しても無駄だと見切りをつけました。その頃にはもう、私自身、周囲に配慮できるほどの心の余裕は1ミリも残ってなかったんだよねぇ。
そこから、自力で原因を探る旅が始まりました。 とはいえ、原因なんてすぐに見つかるわけがない。
原因も対処法もわからないイライラ。激痛と睡眠不足から感情のストッパーは崩壊し、難病の影響もあって認知機能も一気に低下。焦点が合わないから、文字を読むこともままならず、3秒前の記憶すら保持できない。過去のことは何一つわからない。 「四六時中痛みに襲われ、おむつが必要な状態で、記憶もできない私に、誰も手を差し伸べない!誰も一緒に原因を探そうとしない!人としての尊厳すらない!」と、毎日狂ったように喚き続けていました。本当に限界でした。
喚きながらも、自分が精神的に崩壊していくのを自覚していました。本気で自死を決意し、スイスでの安楽死の為に診断書を取り付け、翻訳して申請する一歩手前までいっていました。
栄養学に出会ったのは、まさにその時です。
「栄養学で難病を治している医師がいる」
SNSで見かけたその一言を信じてクリニックを探し、受診したことがすべての始まりでした。SNSの画面をそのまま写真に撮り、メモを残し、何十回も何百回もその内容を忘れながら、「これが最後の悪あがき」と決めて家族に協力してもらい、なんとか受診まで漕ぎ着けました。
結果として、栄養学を基礎とした治療により、わずか2週間で改善の兆候が見え、1ヶ月で認知機能が戻り始め、痛みも軽減。そして6ヶ月後には仕事に復帰することができました。
さらなる体調改善を求めて栄養学を必死に学び、実践していく中で、ある日ふと気がついたのです。 「あれ?薬を飲んでいないのに、以前の自分よりとてつもなく『普通の人』に近づいている……」と。
意識がどこかに逸れない、逸れても自分の意志で戻せる、一度にたくさんの声を聴く聖徳太子にならなくていい、脳内の終わらない連想ゲーム(マジカルバナナ)がピタッと止まる……。これは、本当に震えるほどの感動でした。 そこで初めて、「あ、私はADHD(発達特性)があったのかもしれない」と気づいたのです。そして、その特性をコントロールするために必要なのは、薬でも根性でもなく、他ならぬ「食(栄養)」なのだと身をもって知りました。
種々の慢性病や、発達などの先天的特性に対する「栄養学からのアプローチ」。この情報がもっと広く世の中に届いてほしいと、切に願っています。
ハッキリ言って、発達も難病も一生付き合っていく特性であり、薬でパッと治るものではありません。その上、人間の体は一生強い薬に耐えられるようには作られていません。私はこの事実に気づくまでに、35年という歳月を費やしました。大切なのは、一生続けられるケアとトレーニング。それだけで、薬に頼るよりも数百倍、生きることが楽で、楽しくて、幸せになります。
発達特性に限った話ではありませんが、今、生きづらさや苦しみの中にいる人は、
- 人間の体の脆さに気づけるかどうか
- 選択肢を広く知った上で、論理的に選択できるか
- 自分のこれまでの価値観をぶっ壊す知識を受け入れる覚悟があるか だと、しみじみ思います。
他人が築き上げてきた既成概念を壊すのは、正直とても難しいです。
だからこそ、苦しくなる前に、可能な限り早い段階で「栄養学という選択肢」のアクセスできる土台(環境)作りが必要不可欠です。
だからこそ私は、プロが栄養学アプローチを教えてくれる場を、多くの人に勧め続けています。
>>因みにこちらは「ドクター栄養学」というLINEグループチャットです。
サプリメント会社の、「ニュートライズ」という法人様のグループチャットです。現在加入者が1,500人を突破しております。
どなたでも匿名で参加可能で、無料です。製品を買わなければいけないという事も、一切ないです。
島野さんという栄養学カウンセラーが、栄養学的視点から個々の質問に答えてくださいます。
皆さんの健康の為の情報を提供してくださる、本当にありがたすぎるLINEグループです。
ちなみに②ニュートライズ社のサプリについて、勝手にアピールしておくと・・・(笑)
「人体でどのくらいの時間、どのくらいの量が作用するのか?」など実際に自社実験を行ってから販売しております。様々な医療機関でも取り扱いがあるほど、医療サプリレベルでの製品管理がされています。含有量についても、市販のサプリのようにほとんどが「糖」などという事もなく、非常に効率的に成分を摂取出来ます!
何のアフィリエイトもありません。勝手に共有してます(笑)
共有自由と代表が仰ってるので、皆さんどうぞ広げてください(⌒∇⌒)
私は今、草の根運動として自分の経験をシェアしています。 死を覚悟するほど苦しんだ「第二の私」のような人を減らしたい。ただそれだけです。
私がマレーシアへの移住を決断した理由。 その一番の根底にあるのは、栄養学の実践を含めた「自分自身の治療」です。ちなみにヤギは、そこから逆算して出てきた、私の「記憶の癒やし」の象徴です(笑)
最後に。 私は「栄養学だけで何もかもが治る」なんて思っていないし、読者の皆さんにもそう思ってほしくはありません。 もし、すでに日常を脅かすほどの症状が出ていて、目に見える結果を出したいのであれば、
- 正しい情報にアクセスすること
- 個体差がある「自分の特性や傾向」を把握すること
- 人間の体はみんな同じではない(万人に合う万能薬はない)と知ること
- (ミネラルを例に挙げるなら)ビタミンB6だけを単体で摂ってもほとんど意味がない、というような相互作用を理解すること
こういったことを、しっかり知識として知ってほしいなと思います。
知識があっても、経験があっても、みんな違う。人間の体はそんなもんです。 でも同時に、知識があって、経験があれば、みんな同じように健やかになれる。そんな法則もある。
どうか、皆様の笑顔あふれるひと時が、一瞬でも多く、一刻も早く訪れることを願っています。 その瞬間を、大切にお過ごしください😊
最後まで読んでくれてありがとう(⌒∇⌒)
See you💗


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