特性を持つ子が本当に求めている「親の愛」の正体
「特別支援学級に入れるべきか、特別支援学校を選ぶべきか……」
これまで多くの親御さんや障害を持った子どもたちと関わる中で、ぎりぎりの選択と葛藤をいくつも見てきました。
そこには、愛のある厳しさ、投げ出したくなる諸問題、心身の限界。沢山の感情と現実が渦巻いていました。
その渦の原因は、親と子(発達に限らず)のすれ違いです。 些細なすれ違いが火種となって、多くの家族が波にのまれているように感じました。
私は大人になるまで発達障害がわからなかった当事者です。現在は「思考による病態の改善」をテーマに各医学を学んでいますが、その中で分かったことがあります。
それは、人間が日々行う「選択」。
その時の『根本的な考え方自体』が、心身の安定や悪化に直結している。
考え方次第で、現状を変えられる。ということです。
これは、スピリチュアルや自己啓発とは違います。科学的に、点と点を線でつないでいくと、『最初(思考)と最後(現状)が繋がる』という事実です。そして、これは発達特性を持つ人間にとって、特に表出しやすいんです。
だからこそ、当事者として、そして一人の母として、今悩んでいる親御さんへ率直にお伺いしたい事があります。
- 「子供のために」
- 「きょうだいのために」
- 「通常学級に行ったら苦労するから」
- 「障害診断を受けて支援学校に行けば、手厚いサポートがあるから」
こういった理由で選択をしていませんか?
本当に、それは子どものためになるのか?
どうしたら、感情の渦から抜け出せるのか?
目の前の問題に解決の糸口がみつかるのか?
これに答えを出していきたいと思います。
目次
1. 特性のある子が求めているのは「社会の常識」ではない
当事者として、更に特性持ちの子どもたちをサポートしてきた人間としてハッキリ言いたいことがあります。
定型発達の方に、『心身に特性を持つ人の気持ち』を完全に理解することは不可能です。どんなに手厚いサポートや他人からの温かさがあったとしても、私たちが本当に求めているものは違います。
必要なのは、親との「まっすぐな気持ちのぶつかり合い」です。
定型発達の親や、社会に順応できるレベルの人にとって、何か選択をするとき「他人の評価」や「社会の常識」は大きな基準になるでしょう。しかし、特性を持つ子どもたちにとって最も重要なのは「(親からの)愛」であり、「1人の人間としてまっすぐ向き合ってもらうこと」だけです。
「宇宙人を扱っているようで、向き合っても理解できない」と思うかもしれません。
重要なのは「理解」ではありません。その子を生んだ時の喜びを思い出すことです。
それが、「まっすぐな気持ちのぶつかり合い」に繋がるのです。
生まれたその瞬間、子どもはすべてをあなたに託し、安心して身を委ねていたはずです。子供はきっと毎日、毎日、泣いていた。あやしてもご飯をあげても泣いていて、「なんだこの宇宙人は?!」と思ったかもしれない。
「眠いの?」「お腹減った?」と聞いても「違う!」と泣く。「ご飯でもない!遊びたいんでもない!」
何をしても泣き止まず、何がしたいのかもわからない。
そう。あなたが思う【子どものため】が必ずしも正しいとは限らないという事。
更に、本当は眠くて泣いてた。でも、本人すらもなんで泣いているのかわからなかった。
そんなことの繰り返しです。
そんな嵐のような日々の中で、うっとおしいと思う事があっても、すべて投げ出したいと思う事があっても、寝顔を見ると「やっと寝た……」と思いつつ、かわいいなぁって思っていたはず。
今、赤ちゃんの頃と違う事。 それは、自分で出来る事が増えてきて、社会性を学ぶフェーズであるという事。そして、親であるサポーターにのしかかる、「常識」や「第三者の目」が親の気持ちの表出を曇らせている。
他者からの視線に心が忙しくて、自分の気持ちを立ち止まって振り返る余裕がない。ある意味窮屈な社会で板挟み。
大切なのは知りもしない・聞こえもしない第三者の視線やルールではなく、目の前で生きている子供にフォーカスする事。それが、今の悩みや心無い言葉を心の底から打破できる方法です。
当事者としておすすめする「脱宇宙人:3つの土台づくり」
基礎がしっかりしていれば、他の事は当人もサポーターも工夫次第でなんとでもなります。
① 自発性を育む(自己肯定感を育みながら、自発的な1歩を引き出す)
子供が小さいころ、本人が一歩を踏み出すまで、手伝わずに見守りませんでしたか。踏み出すためにある程度の危険を排除し、目の前に興味を持つものを置き、頭をぶつけないように見守り、泣いたら勇気づける。できたことを一緒に喜び、ひたすら褒める。
「自己肯定感を育み」ながら、自発的な1歩を育てる。こういった「あなたは出来る!」という背中を押し続ける事が、親にしか与える事が出来ない、強力な力を子供に持たせます。すべてを支える基礎です。
② 経験を積ませる(社会のルールを自分の中に落とし込む)
歩けるようになったら、何でも食べる。これは経験のフェーズ。ここが日本のシステムではうまく機能していない。日本ではキケンなものを生活エリアから完全排除する事を『善い事』とする。私個人として、これはお勧めしません。
経験しない事をいくら頭で理解しろと言っても無理です。経験を通して、ダメなものはダメであると、泣いても喚いても繰り返し教える。発達であろうとなかろうと、ダメなものはダメなんです。
※ここでいう【ダメなもの】とは、生命や健康に害を及ぼすことのみを言います(危害を加える事を含む)。暗黙のルールや常識的な解釈は含まれません。
「社会性やルールを、言葉ではなく習慣(行動)で記憶する」ということ。
窮屈なルールや暗黙の了解で成り立つ日本では、『失敗する事=ダメなこと』となりやすい。でも、経験していない痛みを想像して理解するということは、特性がある人には著しく難しい事です。
③ 感情コントロール(感情変化への耐性を育む)
【当人の感情爆発への対応】
発達関係なしに、感情を爆発させやすい人間は、その状況下で自分を客観視できないんです。爆発ストッパーは「自分の客観視」と「感情を物理的に抜く(落ち着く)ルーティーン」などが実用的です。
- 客観視:
- 第三者のフィードバックをストレートに伝える(オブラートに包む必要はありません)。
- 癇癪や興奮過多を起こしているときに、周囲の状況も含めて動画をとっておく。本人が動画を見る事で「この場所でこうなっているのは自分だけ」ということに気づきやすい(経験フェーズにも有用です)。
- サポーター側も自身の対応を見返すことで、更にストレスの少ない対応の仕方が見えてくることがあります。
- 感情コントロール(自律神経のリセット):
- 興味(集中)を別へ移す。
- 腕を組み、呼吸(吸う6秒、吐く6秒)に集中して1分間続ける(特に細く長く吐く意識)。
- 耳をふさぎ、壁の1点を全力で見つめる(5分間)。
- 座位で息を吐いた状態から背中を倒し、一気に足を上げる(胸部圧迫状態で末端から血流を戻し、生物反応として自律神経のリセットスイッチを入れる)。
※これらは自律神経を整え、脳神経系の興奮を抑えるストレッチの一環として考えてください。
【相手の感情に対する耐性】
他者の感情に対する耐性を育むには、子どもをどうこうする前に、「身近な他者である親が、気持ちを正直に表現すること」です。「子供のため」という言葉や行動の裏にある、大人の矛盾をなくしてあげる事です。
多くの方は、世間の目や常識に縛られ、自分の本音を素直に表現できません。それは生きていく上で普通のことです。しかし、特性のある子を社会で生きていけるようにしたいなら、まずは親がまっすぐに自分の気持ちを表現することがスタートラインになります。
親も一人の人間です。嫌なことは嫌だし、やりたくないことはやりたくない。『大人(親)だから我慢しないと』というのは、あなたが決めたルールです。理由が明確で、自分にとって優先度が高いのであれば、「嫌だ」「やらない」と言う事は何も悪い事じゃない。
むしろ、子供にとって、相手の感情の理由を知ることは、大きな経験です。
その理由を学べるのは『親』しかいない。親が説明しないのならば、永遠に他者の感情おびえて、フラストレーションを抱えていくだけです。
この筋を徹底的に通すことで、他者の感情の波を「経験」し、ぶつかることで「成長」します。
親は「子供のため」と苦しむのではなく、「自分のため」に生きる。 感情は必ずしも負ではないし、ポジティブな感情こそ、子供の成長に何倍もの成長をもたらします。親が自分の選択に満足していれば、厳しい状況下でも子どもは自己肯定感を持ち、強く育ちます。
2. 「学校で社会性を学んでこい」と叩き出すのが私の愛
私の息子もグレーゾーンです。小学校に入学するときは激しく悩みました。
結果として、当時は通常学校の支援クラス(特別支援学級)を選びました。
支援学校も支援学級も、私はその実態を知っています。支援学校は、学校によって児童の傾向は違いますが障害レベル(生活サポートの必要度)が高い子ほど在籍数が多いです。その分、先生方も医療知識が豊富で、とてもやさしく穏やかな方が多いです。学校独自の送迎システムも充実しており、レスパイト(放課後デイサービス)の利用も柔軟かつ安全性も高いです。
はっきり言って、超親切・超手厚い・安全・安心です。
それでも私が地域の支援学級を選んだのは、子どもが社会に出ていく以上、マジョリティである「定型発達」の人たちとの関わりを無くしてはならないと思ったからです。
「〇〇な状態だから支援学校/支援学級」と枠にはめるのではなく、「学校で社会性を学んでこい!」と叩き出すこと。 それが、私の愛の形です。
日本は、誰であっても少し人と違うだけで好奇の目に晒され、心理的暴力を我慢させられる社会です。勝手な憶測で後ろ指を指されることもあります。
それに加えて、マイノリティであるが故に、フラストレーションを抱えやすい土台がある。
その中で生き抜くには、何よりも・誰よりも強い自己肯定感が必要なのです。
そう。だからこそ最強サポーターの『親』が必要なんです。
親は理解しなくていい。
心折れて帰ってきた子供を、抱きしめてあげるだけ。
失敗して絶望しているときに、そばに居るだけ。
それだけで、他者(療育やレスパイト)が10の力を与えるとしたら、親は100の力を授けられるんです。
アンパンマンとジャムおじさんみたいなもんです。
アンパンマンの顔がへなへなしたら、みんなが助けてくれるから、かろうじて生きていられる。
でも、ジャムおじさんが顔をもって来て、剛腕で投げてくれるから完全回復できる。そんな感じ。親の力は最強です。
3. 環境で脳は変わる!海外移住で見せた息子の異次元の成長
現在、私たちは日本を出て、息子は海外のインターナショナルスクールの通常クラスに通っています。学年は下げていますが、英語で授業を受けています。
1年前、こちらに来たばかりの入学プレテストでは、私から離れたわずか30分間でギャン泣き。戻ってきたときには自分の名前すら書けず、目を腫らし、心折れた息子がいました。移住前は「中学生になったら絶対に日本に帰る」と断言していたのです。
それが今や、私よりもリスニング力が高く、通訳をしてくれることもしばしば。
学校ではフランクに友達と話し、「日本の学校に戻りたくない!」「授業も友達と遊ぶのも楽しい、ずっとここに住みたい!」と言うまでになりました。日本にいた頃は、外に遊びに行くのすら嫌がり、学校に行きたくないと泣いていた日々が嘘のようです。
毎日のお迎えでは、「今日も楽しかった!」「今日は最悪だった」とたくさん喋ってくれます。「宿題あるから早く帰ってやって、ゲームする!」と言われた時は、その凄まじい成長ぶりに驚きしかありませんでした。
子どもの脳の発達は、環境によってここまで異次元のスピードで進むのです。
4. 「子供のため」という言葉を「解体」するめんどくささ
ここからは、特に親御さんにお伝えしたいこと。 今までいろいろ書きましたが、親がここまでやるのは正直メンドクサイと感じるかもしれない。でも、メンドクサイのは「親が我慢しているから」です。
私は様々な方のサポートを通して思う事があります。それは、多くの人が「勝手なマイ・ルールに縛られている」という事です。過去、私自身もそうでした。
- 常識
- 恥
- このくらい当たり前
- みんなやってる
- これはこうするのが一番いい
上記のような「マイ・ルール」はある意味大人のマナーと思うかもしれません。
しかし、常識や恥なんて人によって尺度が違います。当たり前は環境によって変わります。「みんなやってる」のは、目に見える人だけです。一番いいなんてものはない。未来は誰にも分らない。あくまで確率論です。
失敗してもいいじゃないですか。
迷惑かけてもいいじゃないですか。
あなたの努力も知らない人間の冷たい言葉なんて、悩まなくていいじゃないですか。
今悩み、苦しんでいるのなら、次こそは失敗したくないと思うのなら、現状を引き起こしたあなたの思考を変えなきゃいけない。
まず、自分の感情を素直に言葉にしてみませんか?
自分に素直になるために、今のネガティブな感情を声に出してみてください。ただし、ネガティブなまま放置しては状況が悪化します。
- なぜそう思ったのか?要因と原因は何なのか?
- それは「実際に起きた現実」か? それとも「あなたの憶測や想像」か?
- 自分の過去の傷や経験と、子どもの未来を混同していないか?
これらを突き詰めるのは、自分の心をほじくり返す本当に「めんどくさい」作業です。「そんな余裕はない」と思うかもしれません。しかし、今余裕がないほど疲れ切っているのだとすれば、その原因はあなたが自分の本音と向き合う作業から逃げているからかもしれないのです。
あなたが「めんどくさい」を優先してやらないのであれば、それも一つの選択ですし、それを責める事は一切しません。
ただ、その場合は「子供のため」という言葉や行動を、投げかけてはいけないという事です。
上っ面の言葉や矛盾を、特性を持つ子どもたちは敏感に感じ取っています。その矛盾が理解できず、説明もつかないフラストレーションが、パニックや癇癪につながり、更なる状況悪化を引き起こす事が多々あります。
5. 「あなたの為」と言われ続けた私の過去
私の母は「あなたの為」という言葉を使い続けていました。その通りです。私の為にいろいろしてくれていたことは理解していますし、その労力たるや尋常じゃなかったことも想像に難くないです。もちろん感謝はしています。
しかし、「あなたの為」「子供のため」という言葉は、我が家の環境を考えると責任転嫁でしかないのです。
「あなたの為」という言葉の根底に、『自己ルールにしがみついているから「自分の思い通りにできない」。そのフラストレーションの理由を紐解くことから逃げている。』という土台が私には見えていたんです。
しかし、それを言ってもなかなか伝わらない(というか、正論でド直球すぎてむかつくんでしょうね)。
私が10代の頃に、最後に実母に伝えた内容をお伝えします。
「あなた(親)がそこまで苦しむ理由が私なの? 私がやってくれと頼んだことではない事で、私が喜んでもいない事に一人でがんじがらめになって苦しんで、私のせいにするの?
親であろうとなかろうと、どういう選択をしたっていいじゃん。 出来ないんじゃない。あなたが「やらない」という選択をしているだけ。その責任を「子供の為」と私に押し付けないで。
あなたが、どんな選択をしたって、別にそれを責めも非難も否定もしない。ただ、あなたの選択の責任を私に押し付けないで。
あなたはあなたの人生を生きてください」
母はその直後、離婚しました。 要は、「父親と別れないのは子供のため」「自分が大変なのは子供のため」そう言っていたという事です。
母のその選択で良かったと思っています。離婚したところで、母と父は元をたどれば他人ですから。とは言いつつも、実際は全部丸く収まるわけもなく、私は母と距離を置きました。「自分の欲や体裁」を優先しているのに素直になれず、現実を受け止めず、筋を通さなかったからです。
それでも私は「母親なりの愛情表現」や「(私が求めていなかろうと)血のにじむような努力」をしてくれたことに感謝しかないです。
子どもは、生まれる前から親「だけ」を見つめているんだなと、自分自身や我が子を見ていても感じます。
自分自身子供を育てる身として、子供はよく見ているなぁと時々ドキッとします。
結び:自分と子どもの可能性を、憶測で閉じ込めないで
子どもの可能性は無限大です。そして、それは親であるあなたも同じです。
大人になっても、脳の細胞は毎秒新しく再生されていると言われています。見た目は同じに見えても、私たちはさっきとは違う自分に生まれ変わっています。ネガティブの神経経路を育てるのではなく、新しいポジティブな神経回路を作ることで人はどんどん変わります。
どうか、あなたの憶測や世間の常識で、『あなた』と『子ども』の未来を閉じ込めないでください。
まずは毎日、心の中でもいいから「ありがとう」と呟いてみてください。毎日です。
最後に、この文章を読んでくださったあなたへ、私からも伝えさせてください。
辛く大変な日々の中で、なんとかしようと必死にもがき、頑張ってくれて本当にありがとうございます。
あなたがこうして向き合ってくれることで、かつての私のようにもがき苦しみ、自分を傷つける「第二の私」が減っています。
今日も一日、本当にお疲れ様でした。
ちょっと甘いものでも食べて、自分自身に「ありがとう、今日もお疲れ様」って声をかけてあげてくださいね😉
You’ve done so well! You can do it!
Have a good day!! いい一日を‼

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